【映画レビュー】『哭戦 オペレーション・アンデッド』 圧倒的なグロテスク映像の裏に描かれた「哀しき物語」
- 黒野でみを
- 3月31日
- 読了時間: 6分

3月28日に発生したミャンマー大地震に対し、心よりお見舞い申し上げます。地震の影響は隣国タイにも及んでいるとのこと、非常に厳しい状況が続きますが一日も早い復興をお祈りいたします。
今回紹介する映画はそのタイ発のゾンビ・ホラー映画『哭戦 オペレーション・アンデッド』。
第二次世界大戦下、タイのとある村落にやってきた魔の手が、平穏な暮らしを営んでいた人々を生きながらに地獄に突き落としてしまう顛末を描いたこの物語。生々しく強烈な残酷描写が強い印象を醸しながらも「悲哀」を伴う異色の物語であります。
【「生ける屍」の迫力ある表現に注目!】
とにかく「生ける屍」の表現力に圧倒されます。ジョージ・A・ロメロが『ドーン・オブ・ザ・デッド』でゾンビを描いた段階で、ある意味「生ける屍」のビジュアル的イメージは完成されたようでもありますが、本作ではその基本を踏襲しながらもアングルへのこだわりなどでかなり迫力のあるシーンを演出。上の場面写真や予告動画からも、そのスケール感はうかがえるところでしょう。
ホラージャンルでは、どちらかというとビジュアル面のショッキング性を重視した作品は、あまり見られない印象もある近年。しかしわりにアジア圏内、特に東南アジア方面では本作のように「初見のインパクト重視」的な作品が、目立って発表されているようにも感じられ、ある意味注目すべきエリアである印象です。
広角で狙う「ゾンビから逃げる人々」の場面は見応え十分!結果的に皆逃げ切れないという顛末は、なかなかにゾッとするもの。グロテスクなシーンのインパクトは抜群。胸がゾワゾワするような衝撃感たっぷりの、ホラー映画としてはなかなかにショッキングな作品であります!
【概要】

第二次世界大戦のさなか、平和に暮らしていたタイのとある村落に持ち込まれた禁断の生物兵器により「生ける屍」と化することを余儀なくされた少年兵たちの哀しき運命を描いたホラー映画。
『バッド・ジーニアアス 危険な天才たち』のチャーノン・サンティナトーンクン、『ドイ・ボーイ 路地裏の僕ら』のアワット・ラタナピンターがメインキャストを務めます。
2024年製作/110分/R15+/タイ
原題:ช.พ.๑ สมรภูมิคืนชีพ(英題:Operation Undead)
配給:アルバトロス・フィルム
劇場公開日:2025年4月18日
【監督・脚本】
コム・コンキアート・コムシリ
【出演】
チャーノン・サンティナトーンクン、アワット・ラタナピンター、スピチャー・サンカチンダー、大関正義ほか
【あらすじ】
第二次世界大戦の戦火が世界に広がる1941年、タイ南部の湾岸の村では有事への備えとして少年兵たちが戦争に向けた訓練を受けていました。
そんな中で伍長を務めるメークは、戦争への緊張感をおぼえる一方で恋人ペンとの間に子どもを授かり、幸せな気分にも浸っていました。
ところがこの村に日本軍が上陸してきたことで事態は一変していきます。タイ政府は日本政府と友好的に交渉しようと試みるも、日本軍は恐ろしい生物兵器持ち込み、村を混乱と恐怖に陥れていきます。
その生物兵器は禁断の実験によって生みだされた、家族や恋人への思いや戦争への憤りなど、人間の心を持ち続ける一方で、致命傷を受けても倒れず生き物を食い殺そうとするという残酷なもの。
そして少年兵たちは戦場に駆り出されることになり、メークの弟モークも戦場へ行くことに。戦場では少年兵たちが次々と襲われ、生ける屍と化して…
【『哭戦 オペレーション・アンデッド』の感想・評価】
1.「生ける屍」表現

先にも述べましたが、「生ける屍」、いわゆるゾンビが本作にも登場するも、どこか従来の「ゾンビ映画」とは一線を画するカラーが感じられます。その大きなポイントとしては「意志を持ったまま『生きる屍』となってしまうこと」という点にあるといえるでしょう。
以前公開した公開情報でも記しましたが、本作の邦題にある「哭」という文字は、本作のイメージを示す重要な要素。2021年に公開された台湾の『哭悲/THE SADNESS』もまた人が病気にむしばまれ、意志を持ったままにゾンビのような存在と化してしまう物語でありました。
一方、『哭悲/THE SADNESS』が意思を持ちながらも、ある意味精神的にもむしばまれてしまうのに対し、本作の「生きる屍」は自身の「死なない」という異常、そして抑えるのが困難なほどの猛烈な飢えを、生きているときの意志を持ち続けたままに感じるという残酷さ。

その意味では従来のゾンビ映画とは異なる視点を感じるものであり、ある意味2013年の映画『ウォーム・ボディーズ』の視点に近いものがある、ともいえます。
また本作では予想だにしない、うっとりするような美しさを醸すシーンがわずかに現れます。グロテスクな残酷シーンとのコントラストは、まさに本作の物語をうまく表現するための大きなカギ。
怖さもありながら、対極の美しさも感じさせる。その意味で「怖さ」の対極的な「哀しさ」を、映像を中心とした表現で深く感じられる作品であるともいえるでしょう。
2.歴史の裏にあるタイの思いが込められた「悲劇」

一方で興味深いのは、本作が第二次世界大戦という歴史上の大きな事件を背景としているところにあります。
本作の発案は、第二次世界大戦における日本軍に実在したといわれる「731部隊」という有名な組織の存在を着想点としているといわれており、物語の主軸としてもタイと日本という二つの国における対立的な構図が見えてきます。
歴史考証、映画評論という観点では、誇張表現、歴史的誤りという点を指摘する声もあります。しかし物語としてはこの第二次世界大戦という大きな事件の裏で、タイという国が抱いた一つの印象にクローズアップしていると見ることもできます。

日本人俳優である大関正義は徹底的に「悪役的な」日本人軍人を演じ、タイ側の視点で見た日本、日本軍の恐ろしさをうまく表現しているといえます。
彼とメインキャスト二人の対立はこの日本とタイという対立構造の中で、まさに侵略者に侵された、平和な村に住む人々の悲劇をストレートに表しており、戦争によって弱者が受ける不条理さ、哀しみというポイントを浮き彫りにしています。
リアルな残酷表現などの意味も、そんな主題を表すための必要表現であるとも見えてくる、ある意味「ホラー」という一言で片づけるのも難しい作品でもあり、特にラストシーンには強いメッセージ性を感じさせられるでしょう。
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