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【映画レビュー】『ガール・ウィズ・ニードル』モノクロ映像で巧みに描いた、過酷な世界に存在する深層心理の「闇」

  • 執筆者の写真: 黒野でみを
    黒野でみを
  • 5月13日
  • 読了時間: 6分
(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024
(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

今回紹介する映画は、スウェーデン系ポーランド人映画監督マグヌス・フォン・ホーンによる異色のサスペンス『ガール・ウィズ・ニードル』です。


戦争後の不安定な社会情勢を非常に印象的なモノクローム映像で描いた本作は、デンマークの歴史上の連続殺人から着想を得て作られた物語。


2024年・第77回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門に出品、第97回アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされるなど、多くの注目を集めました。



【単一の印影を用い独特の緊張感を描き出した映像に注目】


偶然にも2024年はアメリカ・メキシコ合作映画ラ・コシーナ/厨房が発表されており、こちらもモノクロを基本とした映像。日本でも同時期に公開されるこれらの作品ですが、あえてのモノクロ映像で新たな映像表現を模索している意向も感じられます。


陰影のコントラストで浮き立たせられる人物の緊張感あふれる表情、にじみ出る汗の描写などが、かえってカラー作品より迫ってくるようなリアリティーを生み出しています。そんな人物を映し出すアングルや光には、極端な言い方をすれば「現代的な映像をそのままモノクロにした」だけ、のような雰囲気も見えてきます。


また本作の斬新感をおぼえさせるのが、音楽。古い雰囲気を感じさせる場合にはバイオリンなどのアコースティック楽器によるクラシカルな音楽を多用するケースがありますが、本作ではどちらかというと環境音楽的なサウンドであり、映像と合わせての印象効果は新鮮な感覚もおぼえることでしょう。


【概要】

(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024
(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

第1次世界大戦直後のデンマークで実在した殺人事件をモチーフに、戦後の貧困から抜け出すべくもがく女性の姿を追います。


作品を手掛けたのは、スウェーデン出身のマグヌス・フォン・ホーン監督。ポーランドで映画制作を学び、これまでに発表した長編『波紋』『スウェット』もそれぞれ高い評価を得ており、本作は長編第3作目となる物語。


キャストには『MISS OSAKA ミス・オオサカ『ゴッドランド GODLANDのビク・カルメン・ソンネ、『ザ・コミューンのトリーヌ・ディルホムほか。


2024年製作/123分/PG12/デンマーク・ポーランド・スウェーデン合作

原題:Pigen med nålen(英題:The Girl with the Needle)

配給:トランスフォーマー

劇場公開日:2025年5月16日より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷ホワイト シネクイントほか全国公開


【監督・共同脚本】

マグヌス・フォン・ホーン


【出演】

ビク・カルメン・ソンネ、トリーヌ・ディルホム、ベシーア・セシーリ、ヨアキム・フィェルストロプ、テッサ・ホーダーほか


【あらすじ】

(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024
(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

第1次世界大戦後のデンマーク、コペンハーゲンでお針子として働きながら、貧困から抜け出そうと日々を必死に生きる女性カロリーネ。

                                         

夫を戦争に取られ帰ってくる宛もなく不安な中、彼女は工場の上司と恋仲となります。しかしある日彼女は彼に裏切られ、お腹に赤ちゃんを抱えたまま取り残されてしまいます。絶望にくれる中、彼女はダウマという女性と出会います。


ダウマは表向きとしてキャンディショップの店長でありながら、その裏で秘密の養子縁組機関を運営しているといい、彼女の子も引き取ることに。それをきっかけにカロリーネはダウマのもとで乳母として働くことになります。


次第にダウマに親しみを感じ、2人の間には絆も生まれていくカロリーネ。ところが彼女は、ある日一つの恐ろしい真実を知ってしまうのでした。


【『ガール・ウィズ・ニードル』の感想・評価】


1.陰鬱な空気感の中で描いた『「闇」を想起させる人間の深層心理』


(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024
(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024

物語で強く注意を引くのは、やはり主人公カロリーネ。夫が戦争の犠牲になり、気を寄せてくれた工場の上司は結婚を約束しながらもあっさりとカロリーネを振り、さらに意図しない子供を身ごもり絶体絶命の場に置かれます。


その光景から見える陰鬱な心情は、特にリアリティーを追究した様子もないながら、単色のコントラストが浮き彫りにする生々しい人間のたたずまい、表情で見る側に強く訴えかけてきます。この彼女の心情こそが物語の起点であり、物語自体のメッセージ性を象徴しているといえるでしょう。


自身で中絶を試みたり、戦争の犠牲となり戻ってきたという夫を罵るなど、物語序盤における彼女の心情はどこか「人間の闇」を感じさます。しかし反面、不条理ばかりが蔓延していた街中でそんな闇をさらけ出しながら生きることを余儀なくされた彼女の生きざまは、「生きる」という力を強く感じさせる核心的な光景であります。


※実際に裁判の対象となったのは9件、その他の余罪は立証が的なかったため不明。


そして彼女が遭遇する、さらなる「闇」の世界。絶望的な世界の片隅で一つの光を見出した彼女でしたが、その希望を押しつぶすかのような「闇」に彼女はどう振る舞っていくのか?


本作はデンマーク史上で最も凶悪な殺人事件の一つを着想として描かれた物語。それは1913年から1920年の7年間で9~26人※の子供を殺害したというダウマ・アウアビューであるとされています。


果たして物語は、この史事をどのようにストーリーに取り込んでいるのか?「連続殺人事件」がどのように展開に織り込まれるのかという点に、まずは強い興味が引かれるところでしょう。


歴史上実在した凶悪な事件と、絶望の海で生き抜くべくもがく女性。その接点からは、過酷な現世を生きる人々のさまざまな思いに重なる部分も感じられることでしょう。この共感部分こそが、ある意味本作の不気味な空気感、恐怖感を醸しているといえるところであります。

(C)NORDISK FILM PRODUCTION / LAVA FILMS / NORDISK FILM PRODUCTION SVERIGE 2024
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またカロリーネを取り巻く人物の姿にも非常に強い印象をおぼえる本作。予告映像にもありますが、彼女の夫と名乗り現れる一人の男性は、戦争で自身の顔を失ったといい、非常に不気味な雰囲気を漂わせて登場します。


物語序盤でカロリーネが恋に落ちる工場の上司の性質はこの男性と対称的で、それぞれに接する際の立ち振る舞いでカロリーネという女性の本質を一層強い印象で表していきます。その一方でラストシーンに彼女が一つの運命に遭遇する場面には、物語のそれまでの雰囲気を一掃するかのような展開が現われます。


数々の個性的な登場人物と彼女の出会いの物語は、ある意味何らかの寓話を見ているような感覚もおぼえることでしょう。独特の映像的センスと秀逸な物語作りで深層心理に強く訴えかけられる。まさに「不安な空気感の中で、気持ちを強く揺さぶられる」作品であります。


参照記事:

『DEADLINE』2025年1月8日

『ガール・ウィズ・ニードル』のマグナス・フォン・ホーンが語る恐怖は「創造の原動力」、時代劇の現代における反響、『オリバー・ツイスト』『エクソシスト』などからの影響 ― Q&A


『DEADLINE』2024年9月17日

『ガール・ウィズ・ニードル』レビュー ― 共感と連続殺人犯を描いたゴシック調の作品 [TIFF]


Dagmar Overbye(wikipedia)






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